| 94年6月に発売された日本のガールズバンドの決定盤V.A.「弁天弁当」に参加し、(キッカケはベンテンレーベルオーナーのオードリーが単にMCでマサヨが叫んでいるバンド名が聞き取れず、ロリータ何号って言っているのか知りたかったから)そのヘンテコリンなバンド名と強烈な日本語の歌詞と独自のサウンドスタイル<お茶の間パンク/ハードコア歌謡ロック>で彗星のごとく登場したロリータ18号。(結成は以外に古く89年。現在のメンバーになったのは93年9月)
95年2月にBENTEN レーベルからデビューアルバム「カラテの先生」をリリースした後はイベント、ラジオ、TV、雑誌にと大活躍。共演したバンドも少年ナイフ、中野茂、遠藤ミチロウ、BENTENの先輩ルナチックス、明和電気から東京牛パラダイスオーストリアまでと幅広く、4人のキャラクターが受けてテレビのクイズ番組にまで登場してしまうほど。9月にギターのエナちゃんがバイク事故で入院するという大事件もあった。
96年はロリータ18号世界的飛躍の始まりの年。3月に2nd CDのレコーディングと当時日本では全く知名度がなっかたアメリカ最大のオルタナ・ロック・イベントSXSWに出演するため渡米。レコーディング中から地元オースティン(Lolita
Mania 発祥の地)で話題になり飛び入りライブ、カレッジラジオ出演も数回こなしイベントは超満員。街中どこに行ってもサインを求められるほどの人気者に。また同じBENTEN
LabelのDROOPとのカップリングシングルが全ヨーロッパで発売になるが、さらなる大事件も起きる。ベースのキムリンが病気のため入院、そして手術。5ヶ月間バンド活動を休止しキムリンの回復を待ち、10月に延期した2nd
CD「姉さん裸走り」のレコ発を下北シェルターで行い大成功。CDのアートワークを担当しているエナちゃんは、インディーズ界きってのスーパーギタリストの地位を確率する一方、イラストレーターとしてもオリコンやインディーズマガジン等で活躍、新しいタイプの文化人として相棒のスヌーピーと共にあろうことか日本経済新聞の取材も受ける。
97年3月再びレコーディングとSXSW出演のためテキサスへ、アメリカでの人気爆発。世界的な大手レコード会社も興味を示すが、まずベンテンレーベルが日本クラウンと始めたメジャーレーベル、Sister
Records からアルバム「髭忍者」とシングル「サルーン」で日本でのメジャーデビューを果たす。9月から21ヶ所の全国ツアーを経て、10月12日、前人未踏7週間43ヶ所全米ツアーに出発。度重なる車の故障や帰国直前の盗難事件などパブニングはあったが持ち前の明るさとアホさで苦境をものともせず、全米で大暴れ、カエルのかぶりものと「仕事ですから」をキーワードにプロのミュージシャンまたエンターテイナーとしての新境地を開拓し12月3日パスポートや航空券も盗まれたのに無事生きて帰国。KENZI
& THE TRIPSと新宿ロフトで共演し、忌野清四郎さんとカンウントダウン。98年、年明け早々インディーズマガジンの表紙を飾り、テレビの「トゥナイト」にも電波少年バンド版として出演したりしているうちに、3月18日遂にロリータ18号のドキュメンタリーLIVEビデオ「アメリカ珍道中-髭忍者U.S.Tour
1997」が発売された。
ロリータ18号 v.s. ジョーイ・ラモーン -New York編-
1998年4月23日16時32分。ロリータ18号を乗せたNW0018便がニューヨークJFK国際空港に到着。入国手続きを済ませ、一路マンハッタンヘ。ロリータの常宿はもちろん芸術家のたまり場、チェルシーホテル。アーティストかぜを吹かせている奴等が24時間ロビーにたむろしている。マサヨ&エナゾウ負けじと部屋のテレビを破壊してみる。翌日-日課のラジオ体操とジョギングをセントラルパークでやって体調を整えたメンバーはレコーディングのリハスタでいよいよ憧れのジョーイ・ラモーンと体面。大きい。近くで見るジョーイはさすがにデカイ。推定身長:2m以上。推定年齢:不明。もちろん全身黒ずくめだ。髪形は野際陽子演じる月影先生と全く同じ。サングラスをかけている。黒いドクロマークのTーシャツに黒いジャケット。皮パンに足元は以外にもNew
Balanceのスニーカーだ! 狂喜するメンバーはさっそくレコーディング曲を演奏。数々の貴重なアドバイスをもらい最後はラモーンズのナンバーROCKAWAY
BEACHをジョーイとセッションだ!次の日からロリータ18号は寡黙なジョーイとは対象的な共同プロデューサー兼エンジニアのダイニエルにダメ出しをされたりしたにもかかわらず2,3日で全13曲を録り終わってしまう。(やはりあー見えて実は天才か?)余裕のロリータはハイスタンダードやジョーイとロニー・スペクター(ロネッツ!)のライブに行ったり、大人気のミュージカル「Blue
Man Group」を見に行ったりとニューヨークを満喫。そして時間をかけた入念なミックスダウンの合間にジョーイとのフォトセッションとROCKAWAY
BEACHのプロモーション・ビデオの撮影を行う。舞台はBaby Monster スタジオとその階下のロリータがレコーディング中に住んでいたアパート。カメラマンはニューヨーク伝説の音楽シーンを撮り続けている世界的に有名なボブ・グルーエン。レコーディング、写真撮影、プロモーションビデオともロリータ18号史上最高傑作ができ上がったことはいうまでもない。
- 「父母。NY」は最高に気に入っている。
曲が素晴しい。重みもありキャッチーで万人に訴えるものがある。日本だけでなくアメリカ、イギリス、ヨーロッパでも売れるにちがいない。このプロジェクトをやって本当によかった。会う人ごとにロリータの話をしてるよ。All
the Best -Joey Ramone-
一方日本では、ロリータがNYに行っていた5月5日にエナゾウと人気若手芸人の挙式の模様がテレビで放送され、上を下への大騒ぎが起こっていた..... -つづく-
それでは、次回ロリータ列伝-恋のゆくえ編-をお楽しみに!
-98年7月ニューヨーク再訪、そして「父母。NY」発売-
98年7月15日ロリータ18号は再び機上の人に。「父母。NY」発売直前の渡米目的はライブ!7/17にNYで開催されるintel
Music Festival のジョーイ・ラモーン・プレゼンツCYBERBASH '98に出演するため!しかしこと時メンバーはまだキム☆リンにふりかかる大事件やアヤ坊の運命の出会いが待っていることを知らない。(詳しくは現在発売中のオレモリ創刊号を参照-刊頭グラビアで6ページでNYライブ同行レポート-問い:オレモリ03-5467-7735)慌ただしく7月22日に帰国したメンバーは早速発売日にはロリータと一緒に「父母。NY」を買に行こうというファンクラブの企画のため新宿にくりだし大騒ぎ。そういえば7/5の世紀の対決BENTEN
v.s. K.O.G.A.のOn Air Eastの日にもリハーサルの合間にロリータ18号は第1回のヤリタミン集会を開催!全国のロリータマニアが集結!短い時間ながら写真撮影会、質疑応答、ビデオ上映会とのロリータ三昧。次回の企画はロリータの公開リハーサルとファンとのセッション大会にしようということに決定する。(現在企画中/実現率60%)
-父母。ツアー-終わらない夏もすっかり秋めいて-
♪終わら〜ない夏、君がかわぁ〜た♪ラプソディインブルー♪と軽快なSEに合わせ踊りながらステージに出てくるエナゾウ、キム☆リン、アヤ坊!場内は騒然。「エナゾウ結婚オメッ!」、「チ○コ好きチームかんばれ!」「アヤちゃーん、僕の亀も触ってくれ!!」という歓声と罵声に笑顔で答え堂々たるエンターテイナーぶり!ライスシャワー、スヌーピー、ドラエモングッズが飛び交う中、各楽器の音が出るやいなや石坂マサヨがステージ上手からイキナリ登場!-父母とろそしてフライング・クロだ!!
-まだ真夏といってもいい暑さの98年9月1日金沢から始まった父母。ツアー。北海道から九州まで全国25ケ所。ロリータ台風が日本列島を縦断!各地でライブの他、レコード店にご挨拶したり、ラジオ、TVにも出演する猛烈スケジュール。ちなみに九州の人気番組「ドォーモ!」に出演した時、ロリータが作っていたお料理はカレーなのかカレーみたいな味噌汁なのかという問い合せが殺到!(実はロリータ風チャンコ鍋-レシピ希望の方は返信封筒同封の上ベンテンレーベルまで)ツアーも中盤を過ぎるとすっかり秋(ハートマーク)エナゾウは人恋しくなり離れているあの人を想い、アヤ坊とキム☆リンは食欲旺盛になり札幌以来毎日食べているチャンコがさらに大盛りに。マーチャンの髪も肩まで伸びて、ヴォーカルのひと男かと思ったとか、チータに似てるとかめっきり言われなくなる。北へ向ってスタートし南は九州まで行き、シェルターワンマン(Sold
Out)のフィナーレまで父母。ツアーはどこも超満員の大成功!ほっとする間もなく次のアルバムにためのリハーサルに突入中!
-99年ーいきなり結成10周年を迎えるー
ロリータ18号は1999年で、当時高校生だったヴォーカルの石坂マサヨがロリータ18号を結成して10年目をむかえることが発覚。これまで全く話題に出たこともなかったので関係者一同あたふたしたが
インディーズ時代より念願のカヴァーアルバムをこれを機に晴れてレコーディングすることが急遽決定!
ロリータの血となり肉となっている影響を受けたアーティスト、お世話になったアーティスト、大好きなバンドのあの曲!30以上の候補曲から選びに選んだ12曲。この選曲だけでも-あっツ!あいつ等はただのアホじゃなかった!とハッとした人も多いはず。オリジナルを全く知らない世代にも楽しめる工夫もスゴイッ!ロリータ18号の全ヒストリーがわかる年表と、結成から現在までの秘蔵暴露写真満載のブ厚い写真集も付いて聴きごたえ見ごたえ共に120%大満足の10周年記念にふさわしい豪華な1枚「ヤリタミン」が99年3月18日に見事発売。
ロリータ18号結成10周年記念アルバム「ヤリタミン」
1. RCサクセショsン ぼくの好きな先生 2. スターリン コルホーズの玉ねぎ畑
3.KENZI & THE TRIPS HONEY DANCE 4.ロネッツ
BE MY BABY
5.少年ナイフ ロケットにのって 6.ラモーンズ WART HOG
7.小泉今日子 なんてたってアイドル 8.水前寺清子 365歩のマーチ
9.ニューロティカ COME ON 10.あぶらだこ 忍耐
11.バグルス Video Kill the Radio Star 12.ブルーハーツ ラブレター
99年6月、通算6枚目のアルバムのレコーディングのため渡英。今回は石坂マサヨ憧れのパンクヒーローToy
Dollsのオルガ氏がプロデューサー。イギリスといえばロンドンと思い込んでいたメンバーが着いた先は、ロンドンからさらに車で5,6時間のハルとうい野っぱらが気持良い田舎町。静かな環境と「レコーディングのしおり」を作る程の几帳面なプロデューサーを迎え、70年代のパンクバンドの持っていた雰囲気を現代に蘇らせたようなパンクアルバムその名もズバリ(というかパクリ)「TOY
DOLL」が完成する。99年11月18日発売。
TOY DOLL ツアー 2000年で幕開け、US ツアーそしてヨーロッパデビュー!
アルバムTOY DOLL を引き下げ2/10から39ヶ所の全国がスタート。そのまま3月には古巣のオースティンSXSWでのジャパン・ナイト+アメリカ7ケ所をマミーザピープショウ、ナンバーガール、スプージーズと回り、もちろんヘッドライナーとして立派にイベントを盛り上げる。ロリータ18号が1996年にベンテンから出した2nd
CD「姉さん裸走り」のついでに出演したこのオースティンのSXSWというイベントは5年後の2001年には日本のメジャーアーティストが大挙して参加する日本で異様に有名な海外のフェスティバルになった。まぁそれはそれとして、同じ頃、ロリータ18号はドイツのBMGと契約。もう一つの大陸、ヨーロッパでのメジャーデビューが決定。5月のCD発売に伴うオランダ、デンマーク、スイス、オーストリア、ドイツの5ヶ国21ヶ所のツアーを行った大人気!セーラームーン、ポケモンに次ぐジャパニーズ旋風を巻き起こす。帰国後日本でやっと一息ついたと思ったら、几帳面なオルガプロデューサーと次のアルバムののため再びイギリスへ。(かなりマイルも貯まったようだ)今度はオルガの地元で、イギリスといってもニューキャッスルっていう街。街起こしで立てたらしい巨大な人間みたいな鳥みたいな像を毎日ながめながらスタジオに通っていた4人。マーチャンが「鳥と人間」というタイトルの曲まで作ったほどの存在感だったのだからかなりの代物にちがいない。ロリータがイギリスでレコーディングしている間にも日本では着々と、7.26
ロリータ創世期(95-96)ライブ盤がベンテンから、初のミニアルバム「副隊長」がシスターレコードから同時発売。さらに8.23シスターからTOY
DOLL TOUR 2000のライブ盤と9.21にアメリカ&ヨーロッパツアーのライブビデオが怒濤の発売。またロリータのコピーをしたいというキッズからのお問い合せNo.1だったので無理して発売した待望のスコアもこの頃発売になったのだが、いざ発売してみるとパッタリと問い合わせがこなくなったような気がするけど....マジで。そんなこんなで秋にはもちろんタイトルが「鳥人間」いうアルバムが発売され、マサヨ直筆の「鳥人間T−シャツ」と共にまずは全国9ケ所の「鳥人間ツアー2000」で締めくくり!2000年のロリータ18号を補足するとキム☆リンとエナゾウのキャンブルユニット「肩パッツ」も麻雀やパチンコでそれぞれ頭角を現わし、なんといってもエナゾウが9月28日にキャンベルハムスターの「はにぽ」を飼い始め、それにともないエナポと改名。
今度は鳥人間ツアー 2001年で幕開け、初の韓国ツアー!そしてまたまたヨーロッパツア−!!
毎年恒例にって感じですが、年末から1月いっぱいロリータはお休みして、この年も2/10千葉からスタートして関西、九州、四国、北陸、東北、北海道、関東と4/1まで全国38ヶ所のツアーを決行!キム☆リンが最後の最後でダウンしてしまってみんなにご心配をおかけしましたが、無事復活して韓国ツアーに参加!「アジアで天下をとってこい!」とオードリーにけしかけられ、韓国No.1のパンクバンド、No
Brainと競演。また2日目のライブはNONSTOP BODY等地元ソウルのガールズバンドとのイベントを行い、ロリータの迫力のライブに激辛ホットなコリアン・キッズもマジで熱狂!おいしいキムチにプルコギ、サンギャクサイをたくさん食べました!
帰国直後に新宿マルイワンで「ロリータ18号大グッズ・フェスティバル!」を楽しく開催していたロリータ18号にとても悲しいニュースも届いた。「父母。NY」をプロデユースしてくれたジョーイ・ラモーンが4月15日に亡くなった。ジョーイと過ごした楽しかったニューヨークのレコーディングが思い出されて辛い。お寿司が大好きだったジョーイ。ガールズバンドが大好きだったジョーイ。ロリータのことをとてもユニークなパンクロックバンド!って言ってくれたジョーイ。Rockaway
Beachを一緒に歌ってくれたジョーイ。そんな思いを込めて作った曲「バイバイ・ジョーイ」を天国で聴いて下さい。
4.23.イギリスのReceiverからアルバム鳥人間が全ヨーロッパで発売になり、再び行ったヨーロッパツアー(2001.5./10〜6/6)は、ジョーイの追悼ライブって気持で挑んだ。ジョーイ・ラモーンやTOY
DOLLS がプロデュースする日本からきたガールズバンドを見に各地の音楽ファンが大集合しソウ−ルドアウトが即出!70年代、80年代のパンクスピリットがこのジャパニーズ・ガールズ・バンド継承されている!
2001年6月、日本に戻ったロリータは9月に発売する洋楽パンク/ロックンロールのカヴァーアルバム「The
Great Roc'N'Roll Festival」のレコーディングを開始した。
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